春翠×哲大 『橋の下/僕の手』
ミュージシャン×歯医者の異色のコラボシングル!!!
懐かしさと新しさの狭間で
あなたの忘れかけた記憶を呼び覚ます。
岐阜出身の春翠と愛媛出身の哲大と二人は
ミュージシャンとして愛知県豊川市で
橋の下のBBQで出会った。
『いつか、一緒に共演しよう。』
そう約束を交わし、
二人はそれぞれのステージへ。
それから10年後。
歯科医師となった哲大は
自院の5周年記念パーティーでの余興を思案…
偶然SNSで
プロミュージシャンとなり、
沖縄でワンマンライブの告知をする春翠を発見!!
ゲストとして招待のメールを送る。
春翠の返事は「もちろんOK」
2018/12/18、
二人は10年越しの”約束”を果たす。
最高のステージだった。
興奮冷め止まぬ二人、
打ち上げでお互いの曲を演奏、
その場で未完成の哲大の曲を
再レコーディング、
リリースすることを決意。
沖縄と愛媛。
1231.9km、
距離を越えた二人の挑戦が始まる。。。
。。。そして終わった。
早っっ!!!!!笑
タイトルは
『橋の下/僕の手』
およそ2年ぶりとなる新譜です‼️
僕の新しい魅力が詰まってます。
最高の出来です✨
そして、ジャケットは
イラストレーターの母、中山尚子
デザイナーには世界で
活躍する喜多紀和
を起用。
一枚の芸術作品としても
価値あるものになりました✨
ぜひ手に取って下さいね(^^)♪
※以下、春翠・哲大による曲の解説です!
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「橋の下」
今回の「橋の下」の原曲は、20歳の若者が大きく夢をみていた頃がテーマ
4人から2人のスタイルになった佐藤哲大が本当に橋の下で原曲を書き上げました。
やっぱり音楽はいいな...ということで。
時は経ち、今この曲を春翠とレコーディングし仮歌があがった時
今でも皆の夢を歌い続け輝いている春翠とその当時20歳の頃の音楽への情熱が交差し、正直感動しました。良い曲になったなと....笑
その為、あえて時を掛けてダブルボーカルのスタイルをとっています。
1番は佐藤哲大、そして時が経ち春翠へ
そして最後のサビは2人
1番気に入ってる歌詞は
「僕に足りないのは、腕力か それとも」
そして
「今歌う声を上げて あのステージに向かって」
佐藤哲大より
『いい曲だなぁ。でも、
俺には合わない歌だろうなぁ。』
初めに聴いた印象はこんな感じだった。
初めて聴いた時から
10年経って、
まさか自分が歌うとは思わなかった。
でもこの曲を歌える自分になれていて
本当に良かったと思う。
橋の下は、僕にとってエールの歌。
何かに向かう人に向けて、その先のゴールで待ってるよって、ゴールにたどり着く君におめでとうと、そういう気持ちで歌いました。
沢山の関わり合いの中で、
すれ違っていく人、離れていく人、疎遠になる人、沢山いますが、その全ての人が幸せであって欲しいなって感じてて、そのみんなにおめでとうって、また笑って会おうって想いも込めてます。
この曲を聴いて、
『今日もいい日にしよう。』
そんな風に思ってもらえたら嬉しいです。
春翠より
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「僕の手」
20歳を過ぎた頃から、どんどん音楽の趣味が古く?なって70年代60年代...ファンクやジャズにまで興味が出てきました。
ロックミュージャンがカッコつけてボロボロの小屋でなんちゃってジャズボサをやったらこんな感じ。
それがテーマ?笑
そんな感じで原曲を作りました。
がしかし、この曲は当時の僕らには歌うのと演奏が本当に難しい。原曲から15年経って聴くと歌詞も綺麗事でガキくさいし。
ただ、そんな曲でもこれを今回2曲目に選んだのは春翠なら歌いこなせると思ったから。
実際今回の2曲のレコーディング、「僕の手」から手をつけましたが、仮歌が上がってきた時に、春翠の曲だ!と感動、本当にリメイクを任せて良かったと確信しました。
子供が少し大人ぶって演奏してる曲、でも荒削り...
それを表現出来たかと思います。
佐藤哲大より
『面白そう!』
それが僕の手を聴いた初めの印象でした。
歌い込んでいくにつれて、
僕に馴染んでいくのがとても心地よく感じました。
今までの僕の表現の外へ出るような挑戦になった曲になったので、作っていく過程がとても楽しかったです。
過去の自分に向かって、問いかける部分が今の僕の気持ちともリンクして、
懐かしいような、真新しいような不思議な感覚の中歌いました。
そして、過去の幼い自分が蘇ってくるようなそんな感覚がありました。
自分の過去と重ね合わせながら聴いてもらえたらと思います。
春翠より